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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4210号 判決 1996年12月25日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

上坂明

金井塚康弘

崎岡良一

小出一博

崔信義

被告

学校法人大商学園

右代表者理事

椙原徳二

右訴訟代理人弁護士

門間進

角源三

主文

一  被告は、原告に対し、六二六万四七三九円及び内金一六四万七七三九円に対する平成七年五月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その四を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、被告に対し、労働契約に基づく権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、一六四万七七四〇円及びこれに対する平成七年五月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、平成六年八月以降毎月二〇日限り四六万一七〇〇円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2、第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、明治二〇年、私立商業学校として文部大臣から設立認可を受けた後、平成二年、学校法人大商学園と名称を変更した私立学校法人であり、大商学園高等学校(旧名称大阪商業高等学校。以下「本件学園」という。)を設置している。

原告は、被告との間で、昭和五一年四月、本件学園の保健体育教諭として労働契約を締結し、以後、本件学園の水泳部の顧問として水球指導を行ってきた。

2  しかしながら、被告は、平成六年七月一四日以降、原告を解雇したとして、その労働契約上の権利を否認している。

3(一)  原告の給与は、月額四六万一七〇〇円(平成六年度の基本給はそのうち三三万二二〇〇円)であり、毎月二〇日に当月分が支払われていた。

(二)  原告は、被告から、年三回の賞与(合計基本給の6.2か月分に二〇万円を加算した額)の支払を受けていた。

4  よって、原告は、被告に対し、原告が労働契約に基づく権利を有することの確認のほか、平成六年度分の賞与合計二九〇万一九六〇円から既に夏季手当及び「解雇手当」として支払を受けた一五〇万〇四六〇円を控除した一四〇万一五〇〇円に、平成六年七月分の未払給与二四万六二四〇円を加えた合計一六四万七七四〇円と、これに対する訴状送達の日の翌日である平成七年五月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに解雇の月の翌月である平成六年八月以降毎月二〇日限り、月額四六万一七〇〇円の給与の支払を求める。

二  請求原因に対する認容

原告の平成六年七月の未払給与の額が二四万六二四〇円であることを否認し、その余はすべて認める。

右未払給与の額は、二四万六二三九円である。

三  抗弁

1  懲戒解雇(主位的主張)

(一) 原告は、平成六年六月一三日(月曜日)、本件学園二年四組の体育の正規の授業を行っていた際、あらかじめ膝の故障で見学を申し出ていた同組の生徒E(水泳部員で、当時、水泳部は休部中であった。)に対し、足が痛いくらいで見学するなと申し向け、原告が所持していたスタート用ピストルで生徒Eの頭を数回殴打して、プールに入って泳ぐよう指示した。

そこで、生徒Eは、服を脱ぎ下着のトランクス一枚になって泳ごうとしたところ、原告は、生徒Eに対し、汚い、それも脱げと言ってこれを脱がせ、全裸のまま、生徒E一人だけをプールを往復して泳がせた(以下「本件事件」という。)。

(二) 生徒Eは、本件事件を原因として、翌日(平成六年六月一四日)から同月末日まで本件学園に登校しなくなった。しかし、学級担任の小西信二教諭(以下「小西教諭」という。)が生徒Eを説得した結果、同年七月一日から同月七日まで行われた本件学園の一学期の期末試験(同月三日、五日は除く。)には出席してこれを受験した。

(三) 本件事件は、平成六年七月六日、同日付け毎日新聞の夕刊で、人権侵害事件として報道され、さらに、同月七日、朝日新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞、日刊スポーツ等などの同日付け朝刊で一斉に報道されたばかりでなく、テレビでも本件事件を大きく取り上げて放送された。

(四) その結果、本件学園のもとには、平成六年七月七日早朝から抗議の電話が殺到し、事務職員は三日間ほどパニック状態に陥ったほか、抗議の葉書や文書が多数寄せられるなどの社会的非難を浴びた。これにより、人格教育を教育方針として標榜し、それに努めてきた本件学園は、著しい信用失墜という損害を蒙るに至った。

(五) 原告による本件事件の惹起は、被告就業規則三三条八項(故意又は過失によって職務に支障を生じさせ又は学園に損害を与えたとき。)一号(故意にして重大な結果が生じた場合懲戒解職以下の処分とする。)に該当する。

なお、被告就業規則三三条八項一号ないし三号の各場合は、同項の本文(職務上の支障又は学園の損害)を細分化したものではなく、一号ないし三号の各場合が生じた結果、同項本文の状態になったときの規定である。したがって、本件では、原告の生徒Eに対する「故意」による本件事件によって、生徒Eに「重大な結果」を生じさせた場合(同項一号)に該当し、このことの全体について、原告に本件学園に損害を与えることの認識が過失として存在したとき(同項本文)に該当するのである。

(六) 被告は、原告に対し、平成六年七月一四日、原告を懲戒解雇とする旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という。)。

2  通常解雇(予備的主張)

(一) 抗弁1(一)ないし同(四)と同じ。

(二) 原告は、平成六年九月三日から四日間、名古屋市を中心に開催された第四九回国民体育大会夏季大会(以下「国体」ともいう。)で、水球の部の少年男子の選手に選ばれていた本件学園の生徒Kの出場権を、水泳部を除名したとして同月一日の団結式の直前に取り消し、補欠であった別の生徒を出場させ、生徒Kの最大の夢を破壊し、同人及びその保護者に甚大な精神的損害を与えた。

(三) 原告は、平成六年七月一四日以降、被告の度重なる警告を無視して本件学園内に立ち入り、プールで生徒に水泳・水球等の指導行為を行ったため、被告は、生徒・父兄から多大の不審と非難を浴びたばかりでなく、原告は、本件学園施設内に無断で宿泊したり、平成七年二月初めには同僚と一緒に飲酒して夜中まで大声で話をしたり、原告個人のために無断で被告の電話、コピー機、印刷輪転機を使用するなどして、本件学園の秩序を乱した。

(四) 原告は、平成七年四月六日、入学式を翌日に控えた職員会議に出席を要求して立ち入り、退出を求める酒井將副校長(以下「酒井副校長」という。)らの指示に従わず、右職員会議を混乱させた。

(五) 原告の右各行為は、被告就業規則一二条一項(職員が下記の一に該当する場合は任命権者の選択により三〇日前に予告するか、又は三〇日分の平均賃金を支給して解雇する。)三号(前二号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く場合。)に準ずるやむを得ない事情であるから、同項五号(その他前各号に準ずるやむを得ない事情のある場合。)に該当する。

(六) 被告は、原告に対し、平成七年四月二九日、三〇日経過後に解雇する旨の通常解雇の意思表示をなしたので、原告は、同年五月三〇日をもって通常解雇された(以下「本件通常解雇」という。)。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)のうち、生徒Eがあらかじめ膝の故障で見学を申し出ていたこと、同人が本件事件当時水泳部を休部していたこと、原告が生徒Eの頭部をスタート用ピストルで数回殴打したことは否認し、その余は認める。

原告の生徒Eに対する本件事件は、何よりも、同人に対する教育的意図からなされたものであった。すなわち、生徒Eは、日頃から積極性に欠け周囲の者から馬鹿にされ勝ちであったところから、原告は、同人が水泳に関しては能力があることを同級生に見せておこうと思って本件事件に及んだのである。

また、本件事件は、男子校の屋内プールでの出来事であること、原告がスタート用ピストルで生徒Eを小突いたことは事実であるが、これは同人に重大な傷害を与えていないこと、原告が強制的に手を出して下着を取ったわけでもなく、生徒Eは自主的に裸で泳いでいること、水泳仲間では「おしおき程度のもの」との評価もあることなどが考慮されるべきであるし、原告も、現在では本件事件の問題点を真摯に反省している。

(二)  同1(二)は認める。

なお、平成六年七月八日から同月一九日までは本件学園の試験休みであり、生徒Eは、同月二〇日の一学期の終業式の日には登校し、同年九月からの二学期にも登校している。

(三)  同1(三)のうち、読売新聞が報道したとの点は否認し、その余は概ね認める。

なお、テレビ局が本件事件を取り上げたのは、平成六年七月八日の関西テレビ及び毎日放送の報道からである。

(四)  同1(四)のうち、本件学園の業務遂行に若干の支障が出たことは認めるが、パニック状態については不知、その余は争う。

本件事件によって社会的非難を浴びたのは、被告ではなく、原告であるし、抗議の殺到も、本件学園がテスト期間中であったことから大事に至っているものではない。

(五)  同1(五)は争う。

被告は、原告の本件事件を「故意」によって、「学園に損害を与えたとき」、しかも、「重大な」損害と考えて、就業規則三三条八項一号を適用したものと考えざるを得ない。しかしながら、本件事件で損害を蒙ったのは生徒Eであり、社会的非難を浴びたのは原告であるから、被告に「重大な損害」が発生したとは言えない。

仮に、本件事件の報道に伴う本件学園のパニック状態や、報道機関の批判の矛先が被告に向けられて社会的非難を浴びたことが「学園の重大な損害」と言えるとしても、原告は、本件事件当時、右損害の惹起を認識・認容していたわけはなく、それが体罰に当たるとも思っていなかったのであるから、「故意」がなかったことは明らかである。

(六)  同1(六)は認める。

2(一)  同2(一)に対する認否は、同1(一)ないし(四)に対する認否と同じである。

(二)  同2(二)のうち、生徒Kが国体の選手に選ばれていながら、同大会に出場しなかったことは認め、その余は否認する。

生徒Kは、本件学園水泳部の主将であったが、下級生へのいじめなど国体選手としての資質に問題があることが右大会の直前に明らかになったため、原告らが生徒K及びその保護者にも充分説明をしたところ、生徒Kがその出場を辞退するに至ったものである。

(三)  同2(三)のうち、原告が本件学園水泳部の指導を続けていること、本件学園に宿泊したことがあること、平成七年二月はじめころ、同僚と学校の近くで飲酒していたこと、電話機を使用したことは認め、その余は否認する。

原告に対する本件懲戒解雇は無効であるから、原告が本件学園水泳部の指導を続けることに問題はないし、原告が本件学園施設内に宿泊したのは、平成七年二月ないし三月に、いわゆる阪神淡路大震災のため本件学園を避難所とした生徒四人のうち三人が水泳部員だったことによる。また、原告が同僚と本件学園の近くで飲酒した際にも、原告はすぐに就寝し、遅くまで話していたのは別の教諭である。さらに、原告は、電話等を私用で使う際には料金を払っているし、コピー機及び印刷輪転機を私用で使ったことはない。

(四)  同2(四)のうち、原告が当該職員会議に出席しようとし、酒井副校長から職員会議への出席を控えるよう要請されたことは認め、その余は否認する。

右の際、酒井副校長と大阪私学教職員組合大商学園分会(以下「本件組合」という。)三役の協議により、結局酒井副校長は原告の出席を認めたし、その間何らの混乱もなかった。

(五)  同2(五)は争う。

(六)  同2(六)のうち、本件通常解雇の予告がなされたことは認め、その余は争う。

五  再抗弁(解雇権の濫用)

1  原告の功績

原告は、本件学園水泳部顧問として水球競技を指導し、同部は、夏の全国総合体育大会(インターハイ)に一三回出場し、昭和五九年、昭和六一年には全国第三位の成績を挙げるなどした。また、原告は、国民体育大会における水球の大阪代表チームの監督としても九回出場した。

2  就業規則によらない懲戒処分

(一) 被告就業規則三三条八項一号ないし三号を全体的に解釈すれば、同項は教職員に故意又は重過失がある場合のみを規定しており、通常の軽過失によって重大な結果(損害)を生じたとき及び重大な結果(損害)が生じなかったときについては、どのように懲戒処分をするかを規定しておらず、かつ、就業規則三三条本文は「職員に下記の行為があったときは各号に規定する範囲内で懲戒する。」と明記しているから、他の条項による処分や不法行為責任はさておいても、通常の過失によって損害を与えた場合、同条八項による懲戒処分をすることはできないというべきである。

(二) 原告による本件事件は、あくまでも生徒Eに対する教育的意図からなされたものであること、本件事件による肉体的苦痛は比較的軽度であること、生徒Eは事件後の平成六年七月一日から平常通り登校していること、平成六年一一月四日には生徒Eの両親から宥恕の意思を表明されており、原告は同年一二月四日には生徒Eにも謝罪していること、生徒Eは本件事件以前から水泳部を辞めたいと考えていたことに照らすと、原告には、生徒への配慮が足りなかったという点で少なくとも過失はあるが、重大な過失があるとまではいえない。

したがって、本件懲戒解雇は、就業規則によらないでなされた懲戒処分である。

3  理事会決議の不存在ないし重大な瑕疵

(一) 私立学校法三五条は、学校法人の理事は五名以上置くように定めているところ、被告は、平成二年五月から平成三年八月までは理事が一名、同年九月から平成六年九月までは理事が三名しかいないという違法状態を続けており、かかる被告には、原告を処分する資格や正統性はない。

(二) また、被告寄附行為によれば、理事長には代表権及び業務総括権がある(寄附行為八条一項)が、「法人の業務の決定は理事会によって行う。」(同一二条一項)とされているから、懲戒処分の可否、種類の選択は理事会の決定事項であって、被告就業規則四条は無効である。

しかしながら、被告は、平成六年七月一三日、適法な理事会を開催せず、就業規則上の適用条文も充分に検討せずに、安易に原告の懲戒解雇を決定した。

4  懲戒手続における告知聴聞、弁明の機会の不存在

原告について、被告の懲戒処分に関する処分権者(理事会)による事情聴取及び事実確認のための告知聴聞の手続は一切なかった。

原告は、平成六年六月三〇日、本件学園の職員会議で本件事件の外形的事実を認めたが、これは処分権者(理事会)の手続ではなく、聴聞手続としては不充分なものであるばかりでなく、右職員会議に出席していた被告理事である山本英雄校長(以下「山本校長」という。)は、同年七月一三日開催の理事会なるものに出席していない。

5  他の処分事例との比較

(一) 不正入試事件

本件学園の乙川教頭(当時。以下、「乙川教頭」という。)は、昭和六三年二月、本件学園の入学試験において、自己の知人の子息を水泳部の推薦枠で合格させるために、社会科担当の丙田教諭に試験終了後既に採点済みとなっていた社会科の答案の点数を改竄させたばかりでなく、このことが翌平成元年一月に発覚しそうになると、丙田教諭らに手伝わせて昭和六三年度の答案を書類整理と称して焼却させたうえ、右答案用紙が紛失したことにして証拠堙滅をはかった(以下「不正入試事件」という。)。

(二) 英検事件

(1) 本件学園の丙田教諭は、平成二年九月九日、全国商業高等学校協会主催英語検定試験の際、自己が顧問を務めるバレー部員に故意に時間を遅らせて受験させ、同教諭自らが試験監督を行って、あらかじめ英語科教諭から入手した解答を試験中のバレー部員に教えるという事件を起こした(以下「英検事件」という。)。

(2) しかしながら、被告は、平成二年一一月九日、英検事件について、丙田教諭のクラブ顧問と学年主任の解任という「処置」なる内容の紙を第一職員室の掲示板に半日だけ張り出すにとどまり、問題解決のための職員会議や理事会、PTA総会も開催せず、同月二四日に英検事件が読売新聞に報道された後も、保護者に対して謝罪や事件の内容の説明を一切しなかった。

(三) 原告は、平成三年一月八日、右不正入試事件及び英検事件について職員会議で問題提起をしたが、被告は、事案解明をしなかった。

(四) 本件事件との比較

本件事件については拙速に本件懲戒解雇がなされたが、乙川教頭及び丙田教諭については、いずれも不正入試事件及び英検事件がクラブ活動に関連するものであるにもかかわらず処分の検討もなされておらず、このような不均衡は許されるものではない。

6  不当労働行為的側面

原告は、平成四年から本件組合の執行委員となり、平成五年からは副委員長も勤め、被告の椙原徳二理事長(以下「椙原理事長」という。)らの「サッカー部祝い金保管事件」や「修学旅行預り金利息の生徒への不返還事件」等の不正を、団体交渉等で追及してきていたことに対し、椙原理事長が、本件事件の発生を口実に原告を解雇したものである。

7  無効行為の転換等(本件通常解雇について)

本件事件に本件懲戒解雇後の事情を併せて、後日、改めてなされた本件通常解雇は、合理的理由も相当性もなく、また、本件事件を重ねて処分の対象とする点で二重処分であり一事不再理の原則からしても無効である。

また、本件通常解雇についても、前記1ないし6の事情が当てはまるから、いずれにせよ本件通常解雇は解雇権の濫用に当たる。

六  再抗弁に対する認否及び反論

1  再抗弁1は認める。

しかしながら、大阪府下の二八五校の高校の中で、水球を行っているのは五、六校に過ぎず、この競技を一応こなして指導しうる適任者も数少ないというのが実情であって、原告は、長期間水泳競技に関係していたので水球指導者として目される状態となったに過ぎない。

また、原告が本件学園の水球部指導で一定の成果を挙げて評価を受けるようになると、原告は、大学への推薦入学に関しても発言権を有することとなり、クラブ推薦で入学した水泳部員に対して前近代的な親分意識で接するようになったのであって、これが本件事件の背景としてある。

さらに、そもそも本件事件は、一般の生徒に対する体育の正規の授業中に惹起された重大な人権侵害行為であり、水球競技の指導中に発生したものではないのであるから、本件懲戒解雇を決定するに当たって、原告の水球指導の件は考慮の対象となり得ない。

2(一)  同2(一)は争う。

(二)  同2(二)のうち、生徒Eが平成六年九月一日から登校していることは認めるが、その余はすべて否認ないし争う。

原告は、本件学園の生徒や同僚教諭からも恐れられている存在であったが、その原告による、膝の故障で見学していた生徒Eに対する強制力の行使は、単に生徒への配慮が足りなかったなどという類のものではなく、悪質な違法行為である。

さらに、原告は、平成六年六月三〇日の職員会議で、本件事件は信念を持ってやった、間違ったことをしていなかったと発言しているのであって、生徒Eがクラブ推薦で入学した水泳部員であることから、同人をいかようにも扱うことができるという誤った認識のもと、本件事件を敢行したのであるから、「故意」があったとみるのが当然である。

3(一)  同3(一)は否認する。

被告の理事会は常に五名以上の理事で構成されている。もっとも、再任された理事はその都度その旨の登記を行わなかったため、登記簿に記載されている退任時期と就任時期との間に時間的空白が存する者が存在するが、退任登記がなされるまでは、依然として理事の責任を有するものであり、登記の時期は連続しているため、被告の第三者に対する要件としては何ら欠けるところがない。

(二)  同3(二)は争う。

被告では、懲戒処分の可否及び種類の決定等は、被告の業務一切の総括を委ねられ(寄附行為八条一項)、教職員の任免権(就業規則四条)を有する理事長にある。したがって、人事問題に関する理事会の機能は、理事長に対する諮問機関的役割を果たすにすぎない。また、被告には、教職員の懲戒処分に関する手続的規定は一切存在しないから、その手続は、任免権者たる理事長の裁量の範囲内の問題である。椙原理事長は、本件懲戒解雇に先立って、山本校長及び七尾正人教頭(以下「七尾教頭」という。)から詳しく事情を聞いた是恒汎理事(以下「是恒理事」という。)から報告を受けて決裁を行ったものであるから、手続的瑕疵は存在しない。

4  同4は争う。

原告は、平成六年六月三〇日の職員会議で本件事件の外形的事実を認めているのだから、それ以上の事実確認をする必要はない。

5(一)  同5(一)は否認する。

昭和六三年度の答案用紙自体は処分されていて存在せず、乙川教頭と丙田教諭は指摘された事実を全面的に否認していたので、事案の確認は不可能であった。したがって、不正入試事件について関係者の処分等がなされなかったのは当然である。

(二)(1)  同5(二)(1)は認める。

(2) 同5(二)(2)は争う。

被告は、英検事件発覚後、とりあえず丙田教諭のバレー部顧問と学年主任を解任し、同教諭は、新聞報道により本件学園の名誉、信用が著しく毀損されるという結果を引き起こしたことに鑑み、乙川教頭は監督責任を感じ、いずれも平成三年三月末に依願退職した。

(三)  同5(三)は、原告が平成三年一月の職員会議で問題提起をしたことは認め、その余は争う。

(四)  同5(四)は争う。

6  同6は争う。

原告の主張する各事件は、いずれも金銭処理の方法論に過ぎず、これらのことが団体交渉で問題になっても、そのために被告が原告を嫌悪するということはあり得ない。

7  同7は争う。

本件懲戒解雇について、その処分内容の選択に誤りがあって無効とされるとしても、本件事件そのものは厳然として存在するのであるから、これに対する処分が放任される理由はない。

また、仮に本件懲戒解雇が無効ならば、その処分は存在しないこととなり、同一の処分対象事実であっても、処分が二重には存在しないのであるから、二重処分とはならず、また、一事不再理の法理は刑事上の責任に関するものであって本件とは関係がない。

第三  証拠

証拠については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求原因について

請求原因事実については、原告の平成七年六月分の未払給与の金額を除き、当事者間に争いがない。

第二  抗弁及び再抗弁について

当事者間に争いがない事実、当事者間に成立に争いのない甲第一ないし第七号証、第一一、第一二号証、第一三号証の一ないし四、第四五号証の一、第六七、第六八号証、第九一号証の一ないし三、乙第一号証、第三号証、第五号証、第一〇号証、第一二号証の一、二、第一三号証、第一五号証の一、第一七号証、第一九号証の一、二、第二〇号証の一、二、第二三号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない甲第二一、第二二号証、第二四号証(一部)、第二七号証(一部)、第七二号証、第七六ないし第七八号証、証人是恒の証言により原本の存在及び成立が認められる甲第三三、第三四号証、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立が認められる甲第二五、第二六号証、第三五号証、第四二号証、印刷の不動文字部分につき原本の存在及び成立に争いなく、その余については原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立が認められる甲第九二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一四号証、第二八号証(原本の存在成立)、第四一号証(一部。原本の存在成立)、第七五号証、第一〇一号証(一部)、第一〇二号証の一、二、第一〇五、第一〇六号証、乙第二号証の一ないし四、第四号証の一ないし一六、第六号証、第九号証の一、二、第二七号証の二(一部)、第三〇号証(一部)、証人是恒の証言、原告本人尋問の結果(いずれも一部)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

一  本件事件に至る経緯

1  被告は、明治二〇年、私立商業学校として設立され、昭和二六年三月、学校法人大阪商業学園として認可され、平成二年四月、法人の名称を学校法人大商学園と改めた学校法人であり、男子校である大商学園高等学校(本件学園)を設置している。

2(一)  原告は、日本体育大学を卒業後、昭和五一年四月一日、被告との間で労働契約を締結して本件学園の保健体育教諭として勤務を始め、昭和五二年四月からは本件学園の学級担任を受け持つこととなり、平成五年には学年主任及び校務運営委員に就任した。

(二)  ところで、原告は、高校、大学時代を通じて水球の選手であり、被告も本件学園の運動部強化を企図していたため、原告は、本件学園で保健体育科の教諭として勤務する一方、本件学園の水泳部の顧問として同部に対する水球指導に当たることとなり、本件学園に勤務を始めた翌年の昭和五二年には同部を初めて大阪大会で優勝させ、夏の高等学校全国総合体育大会(インターハイ)に出場させた。原告は、以後、引き続き本件学園水泳部の指導を積極的に行った結果、同部は平成六年までの間にインターハイに一三回(昭和五二年、五三年、五六年ないし六三年、平成元年ないし三年)出場を果たし、うち昭和五九年と昭和六一年には全国三位の成績を挙げて、被告の本件学園運動部強化策に成功をもたらしたばかりでなく、原告自身、この間の水球指導の実績から、国民体育大会の水球チーム大阪府代表の監督に九回にわたって就任することとなった。

(三)  原告は、昭和五二年ころからは、連日早朝から夜にまで及ぶ本件学園水泳部の指導に精力的に当たり、部員の私生活や進学についても多くの配慮を払うなどしてきた。しかし、原告は、自己が必要と考えた場合には生徒に対する体罰も厭わず、またそれが生徒の指導のためには必要有益であるとの認識のもとに行われていたため、本件学園水泳部では原告による水泳部員(生徒)指導に伴う体罰が相当広範に行われたばかりでなく、原告は水泳部員でない他の一般の生徒に対しても、生活指導の上で体罰を行使することがあった。このため、本件学園水泳部員の中には、原告のこのような指導を嫌忌して退部を余儀なくされる生徒も見られた。

3  ところで、被告においては、かねてより、本件学園の運動部強化の方針から運動能力に秀でた中学生について、入学後に本件学園の運動部に所属して活動を行うことを前提として筆記試験の成績が一定以上あれば若干名を優先的に入学させる、いわゆる「クラブ推薦入学」の制度を実施していた。そして、右クラブ推薦で入学した本件学園生徒及びその保護者に対しては、生徒の入学に際して在学中の三年間は特定の運動部に所属して活動を行うよう説明がなされていたため、クラブ推薦で入学した生徒及びその保護者には、運動部を辞める場合には本件学園も退学しなければならないとする意識が少なからずあった。しかも、本件学園の運動部で活躍した生徒にはその運動能力を生かした大学への推薦入学の道が開かれていたものの、その際、大学進学の成否は実際に同生徒の指導に当たった運動部の顧問教諭による推薦の有無に大きく依存していたため、運動部の顧問教諭は、その指導する運動部員及びその保護者に対して大きな影響力を有しており、原告もまた、その指導する水泳部員(特にクラブ推薦入学の生徒)及びその保護者に対して強い発言力を持つ立場にあった。

4(一)  生徒Eは、平成五年四月、京都府下の中学校から水泳部のクラブ推薦入学生徒として本件学園に入学して水泳部に所属した。

(二)  しかしながら、生徒Eは、本件学園入学後も期待されたほどには水泳の技術が向上しなかったこと、やや消極的な性格もあって水泳部の上級生からいじめられたこと、原告の指導に適応できなかったことなどから、平成五年秋ころから水泳部の活動に対する姿勢が積極性を欠くようになり、水泳部を辞めたい旨を漏らすようになった。しかも、生徒Eは、自己がクラブ推薦入学者であることから、本件学園を退学又は落第しないと水泳部を辞められないと考えていたため、同年末の期末試験では数学の答案用紙をわざと白紙で提出するという行動に出た。さらに、生徒Eは、平成六年三月ころ、水球の練習のために膝を痛めたため、水泳部の活動に対する熱意はさらに低調になり、二年生となった同年四月ないし五月ころには、膝の安静を要する旨の医師の診断を受けたので、保護者の同意を得て水泳部を休部しようとしたが、結局医師の診断書を原告に渡すことができないまま、膝を酷使しない練習方法で水泳部の活動を続けていた。なお、生徒Eと同じ中学校から本件学園に進学し、水泳部に入部した同級生が、平成六年度に入ってから、原告から竹刀による体罰を受けたこともあって水泳部を退部するという事件があった。

(三)  他方、原告は、生徒Eがクラブ推薦入学の生徒であり、また、平成五年末には、生徒Eの母親から生徒Eに水泳を続けさせるよう頼まれていたことから、平成六年に入ってからは同人の落第を回避するために上級生に勉強を教えさせるなどの措置を講じたばかりでなく、同人が膝を痛めてからは膝をこれ以上痛めない内容の練習方法を与えていた。

二  本件事件の発生

1  原告は、平成六年六月一三日(月曜日)、生徒Eも参加した水泳部の朝の練習(陸上練習)を行った後、第二時限目(午前九時五五分から午前一〇時四五分まで)には、本件学園のプールで、生徒Eが属する本件学園の二年四組(生徒数四九名)の水泳の授業を実施した。

2  生徒Eは、右水泳の授業の際、あらかじめ見学の申し出をせずに他の五名の生徒と共に見学をしていたが、原告はこれに気付かずに授業を開始し、生徒にウォーミングアップをさせた後、二つのグループ分けを行ってリレーの競争をさせ、負けたグループの生徒にはプールの横幅(一七メートル)を潜水泳法で泳がせるという罰ゲームを課した。しかし、右潜水泳法を完遂できる生徒が一人もいなかったことから、原告は同学級の水泳部員に模範を示してもらうことを考えて水泳部員を捜したところ、初めて、同学級中唯一の水泳部員である生徒Eが授業を見学していることに気が付いた。そこで、原告が生徒Eに対して見学の理由を尋ねたのに対し、同人が膝痛を訴えたところ、原告は、生徒Eが前日の日曜日の水泳部の練習でも膝を使わずに泳いでいたことから、「膝が痛いくらいで水泳部が見学するな。」とプールで泳ぐよう指示した。しかし、生徒Eが水着を所持していない旨申し述べたところ、原告は、同人が授業用のみならず水泳部の競技用の水着も所持していないものと即断し、これに立腹して同人を叱りつけると共に、所持していたスタート用ピストルで同人の前額部を二、三回叩き、水着なしで泳ぐように強く指示した。

そこで、生徒Eはやむなく衣類を脱いで下着姿で泳ごうとしたが、原告は、これを見て同人を制止し、下着を脱いで裸で泳ぐよう語気鋭く申し向けて同人にその下着を脱がせた。このため、生徒Eは、級友の注視する中、全裸の状態で、プールの横幅を潜水泳法のままで往復した。そして、生徒Eは、右潜水泳法を終えるとすぐにプールサイドにある水泳部部室に走って行き、競技用の水着を履いて授業に復帰したが、以後はプールで泳ぐなどの授業活動を行わなかった。

3  なお、右プールは屋外プールではあるが、電動スライドテントという半透明のビニール製の折り畳み式の屋根が付いており、右電動スライドテントを閉じると外部からプール及びプールサイドを見ることはできなくなる構造となっているところ、本件事件の発生当時、右電動式スライドテントは閉じられており、外部からは本件事件を認識することはできない状態であった。

三  本件懲戒解雇に至る経緯

1  生徒Eは、本件事件後、級友に対し、原告を訴えてやるとの趣旨の発言をしていたが、本件事件の翌日である平成六年六月一四日(火曜日)から、本件学園に登校しなくなった。生徒Eの保護者は、かねてより膝痛の診断書を生徒Eに持たせていたこともあり、同人の膝の具合が思わしくなかったことから、両親そろって生徒Eを連れて原告に面談して同人の水泳部退部を認めさせるため、同月一六日夕刻、本件学園に原告を訪ねた。

2  ところで、原告は、平成三年に大阪私学教職員組合大商学園分会(本件組合)に加入し、平成四年には執行委員、平成五年以降は副委員長を務めており、本件組合と被告との間の団体交渉にも参加してきたところ、平成六年六月一六日はたまたま本件学園のサッカー部の祝い金の保管に関する団体交渉が行われていたため、原告は、結果として生徒E及びその両親を二時間余り待たせることとなった。しかも、生徒Eの父親が生徒Eを水泳部から退部させたい旨申し述べると、原告は、同人らに対し、生徒Eがクラブ推薦入学で水泳部に入った者であったことから、水泳部を辞めるなら学校には二度と来るななどと発言し、生徒Eの父親と口論となる仕儀となった。

生徒Eは、同日、本件学園からの帰途、両親に対して初めて本件事件の発生を打ち明け、同月一七日以降、再び不登校を続けることになった。

3  本件事件は、平成六年六月下旬には大阪府生活文化部私学課(以下「私学課」という。)の知るところとなり、右私学課は、本件学園の理事でもある山本校長及び七尾教頭に対し、同月二九日午後、本件事件(体育授業中に生徒を裸にして泳がせた件)を含む三件の体罰事案についての告発に基づき事実確認と報告を求め、併せて新聞社が動いているらしい旨を伝えた。そこで、山本校長は、翌三〇日の朝礼の際、教職員に右三件の体罰事案に関して同日夕方に臨時職員会議を開く旨を伝えたが、原告は、校長の言うことなど聞く必要はない、報道関係には皆で何でも言ってやればいい、などと発言する一方、同日午前一〇時ころ、自ら私学課を訪れて告発の内容について問い合わせようとした。

そして、原告は、平成六年六月三〇日午後三時五〇分から開催された本件学園の臨時職員会議では、自ら生徒Eを裸で泳がせた件につき自分の所為であることを認め、生徒Eがクラブ推薦入学者であることも含めて事案の説明をしたが、その際、自分としては信念を持って指導したのであり、異常な行動でも無責任な行動でもなかったと思っている旨述べ、また、水泳部の事件がきっかけで周囲に迷惑をかけている点については深く反省する旨述べた。

なお、山本校長は、本件事件を除く二件の事案については明確な事実の確認ができなかったため、同年七月四日、本件事件だけを私学課に報告し、また、山本校長としてもこの時点では原告についての特段の処分は考えていなかった。

4  本件学園では、平成六年七月一日から一学期の期末試験が予定されていたところ、生徒Eの欠席が続くので担任の小西教諭が同年六月二九日、水泳部を辞めても学校を辞める必要はないから試験だけは受験するように電話で懇篤に説得し、原告も、右職員会議の後の平成六年六月三〇日午後一〇時ころに生徒E宅に電話をかけ、本件事件について謝罪かたがた、七月一日からの試験は受けるように説得し、また、親の説得もあったため、生徒Eは、ようやく、七月一日から同月七日まで実施された本件学園の一学期の期末試験を受験するために登校を再開した。

5  しかし、本件学園は、平成六年七月五日、毎日新聞の記者の取材を受け、翌六日には同紙の夕刊で、原告が生徒Eをスタート用ピストルで殴打の上、裸で泳がせたとして本件事件が報道された。そして、同月七日には、朝日新聞、日刊スポーツなどでも本件事件が同様に報道され、以後、本件学園には全国から抗議の手紙や電話が殺到し、大阪法務局も人権侵犯事件として調査を開始し、豊中警察署からも問い合わせがあるなど、本件学園ではその対処に追われることとなった。そこで、山本校長は、同月七日、混乱を避けるため原告に対して自宅待機を命ずる一方、被告の椙原理事長に進退伺いを提出した。

6  原告は、山本校長の右自宅待機指示に応じていたが、平成六年七月一〇日夜、関西テレビ局の取材要請を執拗に受け、結局これに応じたが、その際、本件事件について、「今はそういうこと決してあってはいかんことでしょうし、それが教育だともこれっぽっちも思っていません。」と反省を示す旨の発言し、右取材の模様は同月一二日の午後二時から関西テレビ局から放映された。また、原告は、同月一一日、生徒E宅に赴き、在宅していた同人の母親に対して謝罪の意を表明した。

7  ところで、被告寄附行為では、被告の役員として理事を五名以上一〇名以内置き(寄附行為五条)、理事の互選によって選ばれた理事長(同七条)は、「法人を代表し業務一切を総括する。」(同八条一項)と規定しており、これを受けて、被告の就業規則はその第四条で「職員の任免その他の進退は理事長がこれを行う。」と規定しているところ、本件事件当時、被告では平成六年五月二八日に再任された椙原理事長以下、山本校長、是恒理事、長塩安之理事、河野通明理事の五名が理事の任にあり、是恒理事が同年四月以来「常務理事」との肩書で健康のすぐれない椙原理事長に代わって被告の事業運営に当たっていた(ただし、右五名の理事の構成は平成三年八月以来変動しておらず、その間是恒理事及び長塩理事については昭和六三年一一月に就任して以来、再任の登記はなされておらず、登記簿上は平成六年一〇月になってから改めて就任した形がとられた。)。

そして、是恒理事は、同年七月五日、山本校長から初めて本件事件及びこれについて毎日新聞の取材を受けた旨の報告を受け、同月一二日夕刻、新聞報道等の一連の経過を椙原理事長に報告するとともに、各理事に対し、翌日午後五時三〇分から、豊中市のホテル・アイボリーで緊急に理事会を開催して原告の処分を決定する旨連絡した。しかし、被告理事のうち、河野通明理事は病気のため欠席することとなり、また、山本校長は、是恒理事に対し、商業校長部会の開催が予定されていたため右理事会には欠席する可能性がある旨伝えるとともに、本件事件については原告に対して何らかの処分が必要ではあるが、懲戒解雇とすると原告の将来に悪影響が出ることと、懲戒解雇でなければ原告に退職金を支給することができることから、原告を懲戒解雇ではなく諭旨解雇とすべきであるとの意見を述べた。

8(一)  被告は、平成六年七月一三日午後五時三〇分から、ホテル・アイボリーで理事会を開催し、原告の処分について検討した。その際、是恒理事は、山本校長の意見(諭旨解雇相当)も伝えたが、出席の各理事はいずれも本件事件を重大視していたため原告の処分として懲戒解雇相当との意見であり、椙原理事長も原告を懲戒解雇とする旨決定した。

右理事会では、椙原理事長の右決定後、就業規則上の適用条文が検討されたが、被告就業規則には、懲戒解雇に関連して次の各規定が定められていた。

(懲戒)

第32条 職員の懲戒処分は、譴責、減給、諭旨解職、懲戒解職とし下記の方法により処分する。

1  譴責は……始末書をとり将来を戒める。

2  減給は……始末書をとり事故に対して賃金を減ずるものとし、懲戒事故2回以上の場合にあっても賃金支払期に於ける賃金の1/10以内とする。

3  諭旨解職は……労働基準法第20条により解職予告をして諭旨解職する。この場合は退職金の一部又は全部を支給する。

4  懲戒解職は……解職予告をせず即時解職する。

この場合退職金は支給しない。

第33条 職員に下記の行為があったときは各号に規定する範囲内で懲戒する。

1  勤務成績著しく不良の場合は譴責とする。

2  刑法その他の法令に規定する犯罪によって有罪の判決を受け職員としての品位を汚損したときは懲戒解職以下の処分とする。

(中略)

7 職務又は権限を利用して不正な手段により自己又は他人の利益を謀ったときは減給とする。

但し悪質な手段を伴った場合又は不正に取得した利益が多額である場合は懲戒解職又は諭旨解職とすることがある。

8 故意又は過失によって職務に支障を生じさせ又は学園に損害を与えたとき。

(1) 故意にして重大な結果を生じた場合懲戒解職以下の処分とする。

(2) 故意によるその他の場合諭旨解職以下の処分とする。

(3) 本人の業務上不可欠の義務として要求せられる事項に関して重大な過失があって重大な結果を生じた場合、諭旨解雇以下の処分とする。

(中略)

10 学園内において窃盗、暴行、強迫、賭博等不法行為をしたとき、又は喧嘩、口論、泥酔等の常軌を逸した行為により自己又は他人の職務に支障を生ぜしめたとき、若しくは著しく風紀を乱したときは

(1) 不法行為を行った場合最高を減給とする。

但し事態が重大で他の方法によるも本人の為を計る結果とならないときは懲戒解職又は諭旨解職とする。

(2) その他の場合は譴責とする。

(二) 右理事会では、是恒理事が事前に検討してきたところにより、原告の生徒Eに対する本件事件は、故意に生徒Eに対して重大な結果を生じさせたとして、被告就業規則三三条八項一号(故意にして重大な結果を生じた場合懲戒解雇以下の処分とする。)に該当し、その結果、本件学園が批判にさらされるなどの損害を与えたとして、同項本文の「過失によって学園に損害を与えたとき」に該当するとの解釈がなされた。

9 そして、是恒理事は、山本校長に対し、平成六年七月一四日、前日の理事会の結果を伝えてその了承を得た後、同校長の同席のもと、原告に対し、懲戒解雇の辞令を手交(本件懲戒解雇)し、同月一六日、解雇に伴う解雇予告手当として四六万一七〇〇円を郵送した。なお、本件懲戒解雇は同月一九日に毎日新聞の報ずるところとなった。

山本校長及び小西教諭は、同月一四日及び同月一八日、生徒E宅へ改めて謝罪に赴き、同月一八日には原告を懲戒解雇とした旨を伝え、二学期からも登校を続けるように懇篤なる説得をしたところ、生徒E及びその保護者はこれを了承し、生徒Eは同年九月一日以降、水泳部からは退部したが本件学園の生徒として登校を続け、平成八年三月をもって本件学園を卒業した。

四  本件通常解雇

1  原告は、折から水球のシーズンでもあったことから、本件懲戒解雇後も本件学園水泳部の指導を続けていたところ、府立茨木高校教諭で第四九回国民体育大会夏季大会大阪府チーム監督の北野裕彦教諭(以下「北野教諭」という。)は、平成六年八月一〇日ころ、同部の部員から主将の生徒Kを含む五名を右大阪府チームの正選手及び補欠選手に選出した。

しかし、生徒Kは、国民体育大会に向けての熱意に乏しく、また、本件学園水泳部の主将でありながら、かねてより他の選抜選手を含む同部部員との協調性に問題があったことが明らかになったため、原告は同人を叱責して国体選手からの辞退を求め、また、最終的には監督である北野教諭の決断と説得により、生徒Kは国民体育大会の出場を辞退することとなった。しかし、生徒Kの選手としての登録は抹消されず、また、同人の保護者は生徒Kが国民体育大会に出場できなかったことについて強い不満を残した。

2  原告は、本件懲戒解雇は無効であるとの認識に立って、平成六年の二学期に入ってからも本件学園に登校して水泳部の指導を継続する一方、同年一一月一日、大阪地方裁判所に対して自己の地位保全の仮処分(当庁平成六年(ヨ)第三三九三号金員支払仮処分申立事件)を申し立てた。被告は、原告に対し、同月三〇日、正式に水泳部指導を禁ずる旨の通知をする一方、平成七年一月一七日にいわゆる阪神淡路大震災が発生すると、被災した生徒ら(水泳部員を含む。)を同年二月から三月ころまでの間、本件学園に避難させ一時的に宿泊させる措置を執った。しかし、原告は、被告の右指導禁止の通知にかかわらず水泳部の指導を継続し、右震災後には他の本件学園教諭らと共に本件学園に泊まり込んで宿直に当たり(その際、同僚の教諭らと共に本件学園の近くで飲酒したこともあった。)、同年三月三〇日に被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨の仮処分決定が出されると、同年四月六日、翌日に入学式を控えた職員会議に出席を求めた。本件学園の酒井副校長は、その際、原告に退出を求めたが、本件組合がこれに抗議したため、原告の処遇は本件組合との協議事項としてやむなく原告の職員会議出席を認めることとした。

3(一)  被告就業規則には、解雇に関して次の規定がある。

(解雇)

第12条 職員が下記の1に該当する場合は任命権者の選択により30日前に予告するか、又は30日分の平均賃金を支給して解雇する。

(1) 勤務成績が著しく、よくない場合。

(2) 心身の故障のため職務の遂行に支障があり又はこれに堪えない場合。

(3) 前2号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く場合。

(4) 学級数減少、予算額の減少、その他やむを得ない事情によって業務を縮小しなければならないため過員を生じる場合。

(5) その他前各号に準ずるやむを得ない事情のある場合。

(二)  被告は、原告に対し、平成七年四月二九日、本件事件、生徒Kの国民体育大会出場をめぐる件、被告の禁止通知にかかわらず水泳部指導を続けたこと、同年四月七日の職員会議を混乱させたことを理由として、被告就業規則一二条一項五号により、同年五月三〇日をもって通常解雇する旨の意思表示をした。

4  原告は、本件懲戒解雇以降本件口頭弁論終結に至るまで、本件学園水泳部の指導を一貫して継続している。

第三  当事者の主張に対する判断

一  認定される事実について

1  本件事件について

(一) 被告は、本件事件の際、原告が生徒Eをスタート用ピストルで殴打した旨主張し、甲第三、第四号証、乙第三号証、証人是恒の証言中にはこれに沿うかの部分がある。

(二) しかしながら、前記のとおり、原告は本件学園水泳部員(特にクラス推薦入学者)に対していわば絶対的な地位にあり、かつ、同部員らに対して相当の体罰を加えてきた事実は認められる(原告もその本人尋問で自認している。)ものの、スタート用ピストルで生徒Eの前額部を数回にわたって殴打すれば同人に傷害の結果が生じることが予想されること、しかしながら同人に外傷は残らず、同人の保護者も本件事件の三日後に同人の告白を聞くまでは本件事件の発生を知らなかったこと、右各新聞記事はいずれもその情報源が定かでなく、特に乙第三号証はいささかセンセーショナルに本件事件を取り扱っていることを否定し難いこと、証人是恒の証言は伝聞であることに照らすと、右各証拠の生徒E殴打に関する部分はいずれも信用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(三) もっとも、このことは原告が生徒Eに対して何らの暴行をも加えなかったことを認めるものではなく、むしろ、甲第二一号証、第二四号証、第二七号証、第四一号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、生徒Eを全裸で泳がせるに先立って、同人が授業用の水着を所持していない旨答えたことを競技用の水着をも所持していないものと即断し、これに立腹して、原告が所持していたスタート用ピストルで生徒Eの前額部を二、三回にわたって叩いた事実が認められるのであって、右暴行は、生徒Eに傷害の結果こそ惹起しなかったものの、本来許されるべきでない有形力の行使であったといわざるを得ない。

2  通常解雇事由について

(一) 生徒Kの国民体育大会不出場について

(1) 被告は、原告が平成六年に開催された国体選手に選ばれていた生徒Kの出場権を取り消して補欠であった別の生徒を出場させた旨主張し、甲第四六号証の一、乙第一四号証の一、二、第二七号証の二、第三〇号証、証人是恒の証言中にはこれに沿うかの部分がある。

(2) しかしながら、甲第四六号証の一、乙第一四号証の一、二はいずれもその作成者を特定することができないばかりでなく、そもそも国体出場選手の選抜権は原告になく、同大会大阪府チーム監督である茨木高校の北野教諭にあったこと、したがって、原告が本件学園水泳部顧問として生徒Kの右大会出場辞退に一定の役割を果たしたことは否定できないにしても、それ以上に何らかの責任を負う立場にあったとまではいい難いこと、原告が生徒Kの代わりに他の補欠選手を右大会に出場させたことを認めるに足りる証拠はないこと、乙第二七号証、第三〇号証に示される生徒K及びその保護者の心情は察するに余りあるとはいえ、このことから被告主張の事実を認めるにはこれらの陳述書は断片的かつ主観的であることから、右各証拠はいずれも採用することができず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 原告の本件懲戒解雇後の水泳部指導等について

(1) 原告が本件懲戒解雇以後も本件学園水泳部の指導を継続したこと等は当事者間に争いがなく、これに加えて、被告は、原告が各種の行動で本件学園の秩序を乱した旨主張し、乙第一二号証の一、第一五号証の一、二、証人是恒の証言中にはこれに沿うかの部分がある。

(2) しかしながら、前記のとおり、原告が本件懲戒解雇以後も被告による解雇を無効と判断して本件学園に登校を続け、被告の指導禁止通知にもかかわらず水泳部の指導を継続しており、また、いわゆる阪神淡路大震災後に他の本件学園教諭と共に宿直に当たった等の事実は認められるものの、その余の被告の各主張については、右各証拠はいずれも伝聞に基づくものであるに過ぎないばかりでなく、これらを裏付ける的確な証拠もないことから、右各証拠はいずれも信用することができず、他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

(三) 平成七年四月六日の職員会議について

原告が、平成七年三月三〇日の仮処分決定を受けて、同年四月六日の本件学園職員会議に出席しようとしたところ、本件学園の酒井副校長が退出を求めたことは当事者間に争いがないが、証人是恒の証言によれば、その際、酒井副校長は、原告の処遇を本件組合との協議に委ねることとしてその出席を認めざるを得なくなった事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二  本件懲戒解雇の有効性

1  体罰行為等の懲戒事由該当性

前記認定の事実を前提に、以下、本件懲戒解雇の有効性を検討する。

ところで、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」(教育基本法一条)ものであり、かつ、その過程において、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」(学校教育法一一条)ことは法の明定するところである。したがって、教師は、その教育に当たっては、生徒の人格を尊重し、たとえ生徒の非違行為に関して教育上必要があると認められる場合であっても、生徒の育成上その人格形成に悪影響を与えかねない手段による制裁(有形力の行使を含む。)を行うことは厳に禁じられており、教師がかような制裁行為により生徒に対して損害を与えた場合には、それが当該教師に対する何らかの懲戒の理由となることは当然であるというべきである。

2  本件事件の性質

(一)  そこで本件事件を見るに、本件事件は、いわゆるクラブ推薦入学者であるという心理的抑圧下にあり、かつ、全く無抵抗の生徒Eが、正規の体育の授業中にたまたまその意に沿わない言動をしたことをもって、水泳部顧問という同人に対していわば絶対的な地位に立つ原告が、スタート用ピストルで同人を叩くという有形力を行使した上、さらに、同人に対し、級友の注視する中、全裸でプールを合計三四メートルにわたって泳ぐことを命じるという極めて屈辱的な行為を強制したというものである。

原告の右各行為は、私立の男子校の授業中に行われたもので、かつ、電動スライドテントにより外部からは目撃できないという事情はあったにしても、刑法上の暴行罪及び強要罪にも問擬する余地があるばかりでなく、原告自身、本件事件後水泳部退部を申し出た生徒Eの保護者に対してクラブ推薦入学者であることを強調し、本件事件について責任を感じた言動がいささかも見られないこと、私学課からの通報に際しても山本校長に反抗的な態度をとったり自ら私学課に赴くなど責任回避的と疑われてもやむを得ない行動をとっていること、本件事件が問題となった職員会議でも生徒Eがクラブ推薦入学者であることを引き合いに出した上で、本件事件は信念を持ってやった旨発言したことなどから窺えるように、本件事件について原告には当初全く反省の色がなく、本件事件が広く報道されてテレビ局の取材を受けるに及んで一転して反省の念を表明するに至り、また、春秋に富む生徒Eに多大の精神的衝撃を与え、本件事件を契機として同人をして二週間後の期末試験開始に至るまで不登校を余儀なくさせるという結果をもたらしたばかりでなく、本件事件後の原告の言動によっては、生徒Eの右登校拒否は本件学園からの中退という、同人の人生にかかわる重大な事件に発展する可能性もあった(生徒Eのその後の再登校については、原告自身の謝罪もさることながら、担任の小西教諭の説得に負うところが大きいことが窺われる。)ものである。ことに、本件事件に関して生徒Eには特段責められるべき事情が見当たらない以上、本件事件は、そもそも、生徒Eの非違行為に対する制裁というべき性質を有するものですらなく、またその動機、手段、態様及び結果のいずれに徴しても許容の余地はない。

ゆえに、被告が、本件事件をもって原告に対する何らかの懲戒を発動する理由となし得ることは明らかである。

(二) さらに、原告は、従前より本件学園水泳部を指導する過程において同部部員に対して相当程度の体罰を加えてきたこと、本件事件のわずか前にも、生徒Eと中学以来の同級生の水泳部員に竹刀で暴行を加えて退部に至らしめるという事件が発生していたこと、原告が本件訴訟の審理過程において本件事件について反省の念を表明しつつも被告に責任を転嫁せんばかりの口吻が散見されることに鑑みると、原告の教育者としての適格性にも疑問の念を禁じ得ないところである。

(三) なお、原告は、本件事件についてこれを教育的意図ないし配慮によるものであって生徒Eに生じた損害も軽微であると主張する。

しかし、原告は、本件事件に際し、生徒Eが授業用のみならず競技用の水着も所持していないものと即断してスタート用ピストルで生徒Eに対していきなり有形力を行使したこと、次いで同人に対して全裸で泳ぐことを強制しこれを実行させたことに照らすと、原告は、自己の感情ないし立腹に任せて、ほしいままに、従属的な立場にある無抵抗の生徒Eに義務なきことを不当にも強制したとみるのが自然であり、これに、原告が本件事件後も新聞等による報道がなされるまでの間はなんら反省を示すことなく、生徒Eがクラブ推薦入学者であることを強調する態度をとり続けたことを併せて考慮すると、本件事件について教育的意図ないし配慮を云為する余地は全くなく、また、本件事件の態様、ことにそれが思春期の少年にとり、はなはだ屈辱的なものであったことに徴すると、生徒Eの被った精神的損害は極めて重大であって、それが軽微であったというべき余地はない。

3  被告の対応

(一)(1)  これに対し、被告については、原告が従前より水泳部の指導の内外を問わず体罰を行使してきたことについて何らかの処分を行った形跡が認められないばかりでなく、むしろ、本件学園の学校要覧(甲第一号証)、創立百周年記念誌(甲第六七号証)、入試案内(甲第六八号証)で本件学園水泳部の実績(その多くは原告の功績によるものであることは前記認定のとおりである。)を広く紹介するなど運動部強化策の一環として原告の尽力を評価してきたと認められるものの、原告の体罰等を特段問題視していなかったといわざるを得ないこと、私学課から本件事件の報告を求められてからしばらくの間は被告の理事である山本校長は原告の処分を検討しないばかりか常任理事である是恒理事や椙原理事長にも本件事件を報告していないこと、他方、本件事件が新聞等で報道されるに及んで被告は一転して急遽原告の処分を決定したこと、本件懲戒解雇の決定過程においても、原告の従前からの本件学園に対する功績を一切斟酌せず、まず椙原理事長において原告を本件懲戒解雇を決定した後に就業規則上の擬律の検討を行うなどしたことなどを指摘できるのであって、彼此相照合すると、結局のところ、原・被告共に、学校という一つの閉鎖的な社会で生起した本件事件が新聞等で報道されるに及んで初めてその重大性を認識し、かつ、右報道以後はいずれも、本件事件の直接の被害者である生徒Eに対する顧慮というよりも、むしろいわば世間体のために行動した結果、被告においては本件懲戒解雇という手段を選択するに至ったとの側面を否定し難いというべきである。

(2) なお、証人是恒の証言中には、本件懲戒解雇決定に際して新聞報道等については考慮の対象としなかったとする部分があるが、本件懲戒解雇が新聞報道等のなされた平成六年七月六日から旬日を出ずに行われたこと、同証人自身、本件事件の報道により本件学園の信用が毀損されたことを重視する旨の証言をしていることから、右証言部分はにわかに信用し難い。

(3) したがって、本件事件が原告に対する何らかの懲戒理由となるとしても、その懲戒手段選択に際しての被告の右対応、ことに原告の従前からの被告に対する功績を一切度外視している点及び本件懲戒解雇決定が新聞報道等の影響下に拙速ともいえる経過のもとになされた点は、懲戒手段の適否の判断に際しても相応に斟酌されてしかるべきである。

(二)(1) しかのみならず、本件懲戒解雇の根拠条文とされる被告就業規則三三条八項は、その規定する内容が必ずしも明確ではなく、同項本文と各号との関係もつまびらかではない。

(2) そこで検討するに、同条八項は、同条各項(特に同条一〇項本文及び各号)に照らして読むとき、同条八項本文が懲戒事由を抽象的に定め、その内容と具体的な懲戒処分の種類との対応を各号で個別に定めたものと読むのが自然であって、かく解すると、本件事件は、就業規則三三条一〇項に該当する余地はともかくとして、本件事件が新聞報道されて抗議の手紙等が殺到したこと等それ自体が、「学園に損害を与え」(同項本文後段)る「重大な結果」(同条項一号)とまでいえるかどうか、いささか疑問なしとしないし、なによりも、本件事件の直接の被害者である生徒Eの被った損害を就業規則上どのように位置づけるかが不明確となってしまうという問題点がある。

(3)  したがって、本件懲戒解雇には、就業規則の適用上も不明確な部分が残るといわざるを得ず、この点も、本件事件に対する懲戒処分の適否の判断に際して考慮の対象となるというべきである。

4  小括

以上を要するに、本件事件は、その動機、手段、態様及び結果のいずれに照らしても許容される余地のないものであって、被告の原告に対する何らかの懲戒の理由となることは明かであるばかりでなく、原告自身の教育者としての適格性に疑問を残すものではあるが、他方、本件事件に対する懲戒処分としての本件懲戒解雇には、原告の被告に対する多年にわたる功績が一切斟酌されていないこと、新聞報道等の影響下に処分の決定を急ぎすぎたとの感を免れ難いこと、その就業規則の解釈及び適用に疑義が残ることから、なお、本件懲戒解雇は、原告のなした本件事件に比して懲戒の程度・手段としては重きに失し、社会通念上相当として是認できるものではなく、したがって、その余の点については判断するまでもなく、懲戒権の濫用に該当して無効であるというべきである。

三  本件通常解雇の有効性

1  本件通常解雇の対象となる事実

次いで、被告による本件通常解雇の有効性について検討する。

前記説示のとおり、被告が本件通常解雇の理由として主張する事実のうち、本件において認められるのは、本件事件のほか、原告は、被告の再三にわたる指導禁止の通知等にかかわらず本件懲戒解雇以降現在に至るまで本件学園水泳部の指導を継続していること、原告は、平成七年四月六日の職員会議で酒井副校長にその出席を強く求めたことの三点である。

しかしながら、このうち、職員会議の件については、原告が酒井副校長の指示に従わず、このために右職員会議の開催が多少遅れた事実は認められるものの、他方、原告はこれに先立つ同年三月三〇日に、仮処分事件の決定で被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定められていることに照らすと、右事件は多分に双方の見解の不一致というべき性質のもので、原告の被告教職員としての適格性を疑わしめるに足りるものとまではいい難い。

結局、本件通常解雇の理由として検討の対象となる事実は、本件事件およびその後の原告の水泳部指導の件のみとなる。

2  本件通常解雇の成否

(一)  本件事件が原告の教師としての適格性に疑問を投ずるものであることは前記説示のとおりである。

そこで、原告の水泳部指導の件について検討すると、被告による水泳部の指導を禁止する旨の通知等が正式になされたにもかかわらず、原告がこれを無視して水泳部の指導に当たっていることは、独断専行にわたる行動であるばかりでなく、被告の職場規律を乱すものとして許容されないものということができる(原告は、前記認定のとおり、平成七年三月三〇日、地位保全の仮処分を得たものであるが、そうだとしても、原告が水泳部の指導に当たることまで当然に認められるべきものではない。)。

(二)  したがって、原告のなした本件事件の性質、本件事件をめぐる原告の対応(ことに本件事件後の原告の言動)に、被告の通知に反する原告の水泳部指導行為を併せて勘案すると、原告は、教職員としてその職に必要な適格性を欠くものというべきであって、被告就業規則一二条三項、五項に該当し、また、特に本件事件の性質に照らすとき、本件通常解雇を解雇権濫用とするだけの事情は他に認められないから、本件通常解雇は社会通念上相当なものとして有効であって、原告は、平成七年五月三〇日をもって被告に対する労働契約上の権利を喪失したというべきである。

(三)(1) なお、原告は、本件懲戒解雇に加えて予備的に本件通常解雇をすることには合理性がなく、本件事件についての二重処分であるから無効である旨主張するもののようである。

(2) しかしながら、本件事件に基づく本件懲戒解雇が前記のとおり無効だとしても、それは懲戒処分の程度が懲戒事由に比して重きに失するというにすぎず、原告が本件事件という懲戒事由を惹起したことにいささかの変動もないのであるから、被告が、本件懲戒解雇が無効とされた場合に備えて、原告の雇用者の立場から改めて本件事件を理由に通常解雇に付することを禁止する理由は見出し難く、また、このことが直ちに二重処分となるものではないことは明らかであるから、原告の右主張は失当であるを免れない。

(四)(1) また、原告は、被告が理事再任の登記手続を怠ったことや就業規則と寄附行為の文言から、原告に対する懲戒を決定する主体にはその資格がなく、本件通常解雇もまた無効である旨主張するもののようである。

(2) しかしながら、なるほど被告理事の再任について第三者に対する公示を目的とした登記手続が行われていなかったことは当事者間に争いがないが、その間も被告の各理事は被告寄附行為に従って適法に再任されており、ただその第三者に対する対抗要件である登記手続を平成六年一〇月まで怠っていたというにすぎないから、このことから、被告の原告に対する本件通常解雇(平成七年四月二九日)を無効とする理由はない(私立学校法三五条一項、同法二八条一項、二項参照)し、また、被告寄附行為に「法人の業務の決定は理事会によって行う。」(寄附行為一二条一項)との規定があるからといって、そのうち教職員に関する任免権を就業規則をもって理事長に委任する(就業規則四条)ことは、「理事長は法人を代表し業務一切を総括する。」(寄附行為八条一項)との規定に照らしても違法とする根拠はない。畢竟原告は、独自の見解に基づいて原告に対する懲戒処分の無効を論ずるものに過ぎず、右各主張はいずれも理由がない。

(五) 原告は、本件学園の過去の不祥事に比較して、自己に対する処分が不均衡である旨主張する。

しかし、原告の主張するいわゆる不正入試事件は、そもそもその事実自体を確定し難く、また、いわゆる英検事件にしても、その後当時の乙川教頭及び責任者と目される丙田教諭は被告を引責辞任している(当事者間に争いはない。)のであるから、原告に対する本件事件等を理由とする本件通常解雇が、これらに比して格別不均衡であるとすることはできない。

(六) さらに、原告は、原告に対する処分の不当労働行為的側面についても主張する。

なるほど、原告が本件組合の副委員長を務めて団体交渉に当たってきた事実は認められるものの、それ以上にわたって、被告の不当労働行為を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張もまた失当というほかはない。

四  原告の取得する給与等

1  以上のとおり、被告の原告に対する本件懲戒解雇(平成六年七月一四日)は懲戒権の濫用に当たり無効であるが、他方、本件通常解雇(平成七年五月三〇日発効)は有効であるから、原告は、その間被告に対して労働契約上の権利を有していたものということができ、したがって、被告は、原告に対し、その間の給与の支払義務を免れない。

2  そこで、原告の取得すべき給与等を算出するに、原告の平成六年度分の賞与合計額は二九〇万一九六〇円であるところ、これから支払済みの夏季手当及び解雇手当として受領済みの一五〇万〇四六〇円を控除すると一四〇万一五〇〇円となり、これに平成六年七月分の未払賃金で当事者間に争いのない範囲の金額である二四万六二三九円を加えた合計一六四万七七三九円のほか、平成六年八月分ないし平成七年五月分の各給与合計四六一万七〇〇〇円となり、原告は、被告に対し、右金額の支払を求めることができる。

第四  結論

以上から、原告の本訴請求は、本件懲戒解雇の翌月である平成六年八月から本件通常解雇の発効した平成七年五月までの各月の給与合計四六一万七〇〇〇円のほか、平成六年度の賞与等一六四万七七三九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(平成七年五月二八日)から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中路義彦 裁判官長久保尚善 裁判官井上泰人)

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